経営小説「わたしの道の歩き方」

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経営小説「わたしの道の歩き方」

published 2023.09.18 / update 2023.09.18

【第12話】社長の決断

社長の決断

立花と話して意を決した吉川社長は、本気で電子書籍に取り組むためには、専任の部署を置くことを決め、具体的な進め方に関して、編集長、営業部長、管理部長と何度も調整した。

数日後、吉川社長は社員全員を集め、基本方針の共有を図ることにした。

Z出版のこともあり、社員は皆、超時空社もあとに続くのではないかと大きな不安を抱いていた。新刊の売上は「安定して」減少傾向にある。多くのタウン誌は月刊から隔月刊になっているし、掲載してもらえる広告は目に見えて減っていた。

全員集まれと言われて、とうとう廃業かと勘違いした者もいたようだ。

社長の話のポイントは3つだった。

(1)現在の苦境を脱するための一つの施策として、今後、電子書籍に取り組む

(2)これまでは、みのりと野中が片手間に対応していたが、専属の部署を立ち上げる

(3)専属の部署を作るために、これまでの業務を見直し、効率化をはかるとともに、一部の業務を廃止する。その一環として、新刊の発行ペースを2割減少させる

そのほか、細かいところでは、次のような施策が打ち出された。

・社内広報誌の廃止 : みのりたち編集部員が、知らず知らずのうちに結構時間をかけてしまっていた社内広報誌は廃止とした。

・部門報告の見直し : 毎月の部門報告のうち、必須なものを厳選し、残りは思い切って廃止することにした。売上状況などは、データファイルへのアクセス権限を見直すことによって、あえて報告しなくても誰もが閲覧できるようにした。

・パソコンに関する質問を減らす : 従来は、野中や笹原さんに聞きにくる社員が多く、当人たちの業務効率が低下していたため、基本的なソフト等にしぼってeラーニングを実施し、社員のスキルを高め、結果として質問対応時間を短縮することにした

・校正ソフトの導入 : これまで、編集部員の人力任せであったが、著者からの原稿をまずソフトでチェックした上で、編集者が改めて確認するフローとした。

・書店営業の体系化・効率化 : これまで、個々の営業部員任せであったが、効率的に回れるような計画を策定。書店にとって役立つ情報を整理、共有化し、商談時間を短縮しながらも、顧客である書店との関係強化をはかることにした。

吉川社長の説明はわかりやすく、力強かった。

社長が説明を終えると、安堵か不安かはわからないが、いくつものため息が聞こえた。

社長の説明に対して、いくつかの質問が出た。

社員たちが一番気にしていたのは、新刊数を減らすことによる売上減少に関してだった。

久保が質問する。

「前回の電子書籍では、まったく売上がたちませんでした。今回、新刊数を減らすまでして電子書籍に力を入れて、採算はとれるのでしょうか。」

社長は、必ず採算がとれるという確証はないが、新刊数減少による売上減を上回るだけの売上を電子書籍によってたてるという、強い決意を表明した。

久保は、完全に納得した様子ではなかったが、社長がそう言うならということで、引き下がった。

二人並んで、社長の説明を聞いていた野中とみのりは、身が引き締まる思いがした。

野中:「なんだか、大ごとになってきたね」

みのり:「はい。責任重大です。重大すぎます。社会人になってから、これだけのプレッシャーを感じたことなかったです。」

野中:「でも、秋山さんは、仕事が物足りないってよく言ってたじゃない。」

みのり:「いえいえ、もう少し、物足りなくてもよかったんですけど。」

みのりは、内心、大きく不安だった。「自分ならよい企画ができるはずだ。これまで結果が出ていないのは会社が仕事を任せてくれないからだ。」と根拠のない自信を持っていたが、いざ、仕事を任せられてみると、その根拠のなさが大いに気になってくる。

不安なのは野中も同じだったようで、自席に戻るやいなや、みのりとともに、先日立花から受けたアドバイスを参考にしながら、3C分析の見直しをすることにした。

夜も遅くなり、残業を終えた久保が、帰りがけにみのりの席まで来て、一声かけた。
「秋山、まっ、がんばってくれよ。」

みのりは、不安を抱きつつも、久保にバカにされるのはなんとしても避けたい、そのためには絶対、成功させてやると思った。転職活動は、ちょっとペースを落とすしかないかな。

その日、遅くまで、顧客に提供する価値は……、自社のリソースは…… などと議論していた二人だったが、明確な答えは見つけることができず、冴えない顔のまま、22時の時報にあわせて早足で退社した。

**********

帰宅したみのりが、立花のホームページを一通り読み終わったところで、実家の母から電話がかかってきた。

みのりの実家は東京の郊外にあり、みのりの現在の家からは1時間ほどの距離である。

母は、「お父さんがもうすぐ60歳だから、これからはずっと家にいるのかと思って心配していたら、同じ会社にあと数年は勤めることになって一安心した」、「近所に新しいスーパーができて毎週金曜日はポイント3倍だ」、「最近、お友達と東海道を歩いているのだが、ガイドブックがごちゃごちゃしてわかりにくい」とか、ひとしきり、近況をまくしたてた後、意外なことを言った。

「今日、久しぶりに、なっちゃんにあったわよ」

「えっ、奈津に!?」

「かわいい子を連れて、歩いてたわよ。いいわね。奈津ちゃんは親孝行よねぇ。」

「親不孝な娘でスイマセンね!」

「みのりは、いい人いないの?」

「今、それどころじゃないの。仕事が大変なのよ。会社が倒産するかもしれないんだから。」

「それは大変じゃない。ますます、はやくいい人を見つけないと。」

「なんでよ。それは関係ないでしょう。」

「まあ、時代も変わったってことかしら。わたし達の頃は、会社が倒産するなんてまず考えなかったし、女性は会社に入って何年か働いたら、結婚して会社を辞めるのが普通だったからね……。」

「そっか。」

「なっちゃんは仕事してないのかねぇ。確か、会社で働いていたと思ったけど、結婚してやめたのかしら。」

「奈津は自分で会社やっているんだよ。」

「へええ、そう!それはすごいわね。」

「すごいんだよ、奈津は……。」

「たまには家にも帰ってきなさいよ。なっちゃんとも会いたいでしょう。」

「うん、まあ……。」

みのりは言葉を濁した。確かに、久しぶりに奈津に会いたい気もするが、自分と奈津の状況を比べると、すぐに連絡する気にもなれなかった。

つづく

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 ユアスト 江村さん

ユアスト 江村さん

第1話は下記より御覧ください。

【第1話】超時空社