【第8話】再チャレンジ
翌日、吉川社長は、みのりと野中に、電子書籍に関して「3C分析」をしてくれと唐突に指示した。
社長から直接、仕事に関する指示を受けたのは初めてだ。いままで会社の中のことは古参の社員に任せきりという感じで存在感が薄かったけど、近ごろはみんなによく声をかけている。箒を持ってウロウロしていることも減ったようだ。
みのりと野中は、「3Cとは」と検索するところからスタートした。どうやら経営戦略の基本的な考え方らしく、Customer(顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)の頭文字をとったものであることが判明した。ネット上での情報だけでは心もとなかったため、本で勉強することにした。電子書籍を作ろうとしているわけだから電子書籍を購入したいところだったが、結局、紙の本のほうが品揃えが多いため、ご機嫌伺いを兼ねて、大型書店であるK書店に行くことにした。
K書店のビジネス書のコーナーへ行ってみたところ、ポーター、PPM、5Forces、SWOT、ランチェスター経営などなど、いろいろな経営戦略の(と思われる)本が並んでいる。しかし、3Cの本というのはあまりないようだ。聞いたことのあるブルーオーシャン戦略といった本もある。なんとなく語感的にこっちのほうがよさそうな気がする。
結局、いくつかパラパラと立ち読みした上で、3C分析について比較的わかりやすく書かれているようだった「入門!はじめての経営戦略」と「今日から使える戦略論」という二冊を買ってきた。
帰社後、二人は書籍を読み込んでみた。経営戦略の本を読むなど、たいそう骨が折れるかと身構えていた二人だったが、3C分析の部分はそれほど多くなく、意外にはやく読み終わった。
そこで、読んだ内容をもとに、自分たちの電子書籍プロジェクトに3C分析をあてはめることにした。
野中:3Cは顧客、競合、自社ですね。それくらいは、前の会社の研修でもやった記憶があるなあ。
みのり:まずは、顧客から考えるんですね。顧客って読者でいいんですよね?
野中:そうだね。読者が買ってくれるから当然顧客は読者でしょう。いや、もう少し具体的に考えろって書いてあるね。性別、年齢、住所、収入、興味、勤務形態・・・
みのり:この前の電子書籍は、富士山に関する文学作品だったりエッセイだったり。そもそも、本好きの人向けですよね。
野中:やはり文学、紀行、歴史好きの人だね。そうなると、中高年層がメインかもしれない。
みのり:私は本が大好きですけれど、最近の若者の本離れは激しいので、顧客からは外していいんじゃないでしょうか。
野中:そうかもしれないね。とりあえず、若者は外しておこう。
みのり:次に競合は?そもそも同じような電子書籍を出している出版社はないでしょう。競合はいないんじゃないでしょうか。
野中:しいて言えば、紀行ものに強いA社、歴史書に強いB社、旅行ガイドを出版している各社、といった感じかな。A社・B社とも電子書籍は何点か既に出しているし。
みのり:いや、旅行ガイドは、うちが出しているような文学的なものとは異質だから、競合には入れなくていいんじゃないですか。
野中:確かにそうかもしれないな。では、A社・B社を競合ということにしようか。
みのり:最後に自社はうちでしょう。うちがどういうことなのかしら?
野中:うちの強みってことじゃないかな。うちの強みが競合に勝っていればいいんじゃないかな? うちの強みっていったいなんなんだろう? 普段あまり意識していなかったけど。
みのり:そりゃ、文学性の高さじゃないですか?
野中:なるほど。
みのり:あとは低価格ってことかしら。営業がうるさいから、相当価格を下げましたからね。
野中:そうだね。じゃあ、低価格が強みということで。これで、一応、3Cが埋まったか。思ったより簡単に終わったなあ。
みのり:本当にこれでいいんですかねえ……。
野中:まとめると、顧客は、本好き。文学・紀行・歴史好きで、年齢は高め。競合としては、紀行ものに強いA社、歴史書に強いB社。しかし、自社は文学性も高いし、価格も安いのでA・B社には負けない。
みのり:確かに、3Cは埋まったんですが、だから何?って感じですよねえ……。
その後、しばらく悩んでいた二人だったが、解決の方向性が見えなかったので、こういうときは気分転換したほうがいいと勝手な理屈をつけて、少し飲むことにした。
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超時空社のすぐ近くのマンションの1階に、こぎれいな串揚げ屋がある。超時空社の社員にとっては素晴らしいアクセスを誇っているが、それ以外の人から見れば、駅から遠く、アクセスの悪いところに位置している。メニューは当然、串揚げがメインで、定番商品だけでなく、季節を感じられる商品も多い。良質の油を使っているのか、たくさん食べてもほとんど胃もたれがしない。
串揚げはどれも非常においしく、また、スティック状の生野菜もおかわり自由なので、みのりをはじめ超時空社の社員にはファンが多い。
みのり:そうだ。野中さん、串揚げ好きですか?
野中:うん?あまり食べる機会がないけれど。
みのり:じゃあ、行きましょう。とにかく、おいしい店なんですよ。
みのりは、仕事のことなどすっかり忘れたように、帰り支度を始めた。
つづく
はじめから読む
ユアスト 江村さん
第1話は下記より御覧ください。
【第1話】超時空社